秋田地方裁判所大曲支部 昭和49年(ワ)195号 判決 1976年5月28日
原告
石郷岡紀子
被告
山田敏彦
主文
被告は、原告に対し金一九一万九、一六〇円およびこれに対する昭和四九年一一月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを五分しその一を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。
この判決第一項は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の申立
一 原告
被告は、原告に対し金九五一万一、七〇七円およびこれに対する昭和四九年一一月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決ならびに仮執行宣言。
二 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
(一) 事故の発生
原告は、昭和四七年一一月五日被告運転の乗用自動車に同乗し、秋田県仙北郡田沢湖町生保内字十里木八八番一路上を田沢湖方面から生保内方面に進行中、被告が中央線をこえて進行した過失により対向車と衝突し、原告は右事故により頭部外傷、顔面複雑性挫傷、口内貫通性挫傷、両手背部挫傷の傷害をうけた。
(二) 損害
1 医療費等
イ 原告は、前記傷害により、昭和四七年一一月五日から昭和四八年四月五日まで角館町東勝楽町大野医院に入院し、
治療費 一九万二、五〇〇円
付添費 一五万一、〇〇〇円
入院諸雑費 二万四、〇四〇円
通院交通費 四万七、五五〇円
を要した。
ロ 原告は、前記顔面複雑性挫傷による顔面線状瘢痕の疾病により東京都三鷹市杏林大学医学部付属病院に、第一回は昭和四八年九月一四日から同月二八日まで入院し、顔面三ケ所の手術をなし、第二回は昭和四八年一二月一一日から同月二〇日まで入院し、顔面三ケ所右手一ケ所の手術をなし、第三回は昭和四九年一〇月一二日から同月二八日まで入院し、顔面五ケ所を手術し、昭和四九年一一月一六日通院治療をした。
さらに、右杏林大学医学部付属病院平山医師の東京女子医科大学病院への転勤に伴い昭和五〇年七月七日、同年一〇月一七日、同年一一月二〇日それぞれ右病院にて通院治療をうけ、
治療費 七〇万六、七四〇円
付添費 四万二、〇〇〇円
入院諸雑費 一万六、八〇〇円
通院交通費 一一万六、〇一〇円
を要した。
2 休業補償費
原告は、本件事故前まで秋田県仙北郡角館町伝農昇土地家屋調査土事務所に高校卒事務員として勤務していたが、本件事故により退職の止むなきに至り、さらに三回にわたり入院手術を必要としたため少くとも昭和五〇年末までは就職は不可能となつた。事故時における原告の給料は一ケ月金三万円、賞与は年二回計七万五、〇〇〇円であつたから、事故時から昭和四九年一〇月末まで金八七万の、昭和四九年一一月から昭和五〇年末までについては、その損失からホフマン式計算により年五分の割合による中間利息を控除し、昭和四九年一〇月末の現価になおすと、金四六万八、八三四円の各損害を受けた。
3 逸失利益
原告は後遺症七級と認定されており昭和五一年から労働可能としてもその労働能力喪失率は五六パーセントである。高校卒女子事務員の平均賃金は月額四万一、二〇〇円、特別給与年一二万三、〇〇〇円であるから、原告の年間損失額は金三四万五、七四四円となるが、原告は昭和一九年七月一九日生であるから、昭和五一年から三一年間就労可能であるとしてこの間の損害をホフマン式計算により計算すると金五八五万八、六三二円となる。
4 慰藉料
原告のうけた精神的損害を金銭に評価すると金三〇〇万円をくだらない。
5 充当
原告は、本件交通事故により自動車損害賠償保険から金四七〇万二、三九九円を受領した。
6 弁護士費用
原告は、弁護士金野和子に対し訴訟委任をなし、手数料として金五万円を支払い成功報酬一割を約したので更に六七万円を支払わねばならないので、弁護士費用は七二万円となる。
(三) 婚約不履行に基づく損害賠償
原告は、被告と昭和四六年六月頃から親しく交際するようになり、昭和四六年一〇月二三日婚約し、その後両者は肉体関係の交渉をもつようになり、昭和四七年八月八日原告は妊娠し、被告と相談の上中絶までするに至つた。しかし、被告は本件事故により原告の顔面の傷痕が残ると知るや、突然と昭和四八年四月五日原告に対し婚約破棄を申し入れて来た。このような被告の仕打により蒙つた精神的損害を慰藉するには金二〇〇万円を要する。
(四) 結論
よつて、原告は被告に対し本件交通事故に基づく損害賠償および婚姻予約不履行に基づく損害賠償として金九五一万一、七〇七円とこれに対する訴状送達の翌日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因の認否
(一) 請求原因事実(一)は認める。
(二) 同(二)は不知。
(三) 同(三)のうち、原被告間に肉体関係があり、原告が妊娠中絶した事実は認めるがその余は否認。
三 抗弁
被告が、本件事故を引き起した直後の原因は、原告が被告に飲酒を薦め、且つ、被告が運転を拒否したのに拘らず原告が強引に被告を運転せしめたものであつて、本件事故の原因の九〇パーセントは原告に存するものであるから右割合による過失相殺の主張をする。
四 抗弁の認否
抗弁事実はすべて否認する。
第三証拠〔略〕
理由
一 本件事故の発生およびそれが被告の過失行為により発生したものである事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、本件事故によつて原告に生じた損害額につき判断する。
1 大野医院における治療費等
成立に争いのない甲第二号証によると、原告は昭和四七年一一月五日から昭和四八年四月五日まで大野医院に入院し治療を受けた事実が認められ、成立に争いのない甲第五号証の一ないし一六によると、その間治療費一九万二、五〇〇円を支払つた事実が認められる。また、前認定のとおり一五一日間入院したのであるから、入院中には諸雑費の支出があり、その額は日額三〇〇円と考えるのが妥当であるから、少くとも右入院期間中二万四、〇四〇円を下らない額の諸雑費を支出したものと判断される。さらに、右入院期間中医師において付添看護を要すると診断した事実はないが、原告本人尋問の結果により認められる原告の症状から考え右入院中原告には付添看護の必要があつたものと判断されるから、一日一、〇〇〇円として一五一日間、一五万一、〇〇〇円の付添看護費を要したものと判断される。しかし、通院交通費についてはこれを認めるに足る証拠はない。よつて、大野医院入院中の治療費等は合計三六万七、五四〇円となる。
2 杏林大学医学部付属病院および東京女子医科大学病院における治療費等
原告本人尋問の結果により成立を認めることのできる甲第六号証の一ないし一八、証人平山峻の証言によりその成立を認めることのできる甲第三号証および甲第二二号証、成立に争いのない甲第二四号証、第二五号証の一ないし四、ならびに原告本人尋問の結果によると、原告は昭和四八年九月一四日から同月二八日まで、同年一二月一一日から同月二〇日まで、昭和四九年一〇月一二日から同月二八日まで東京都三鷹市の杏林大学医学部付属病院に入院、また、昭和四八年五月二八日、同年六月六日、同年七月六日、同年八月一日、同年九月二九日、同年一〇月五日、同年一〇月二四日、同年一一月七日、同年一二月二六日、昭和四九年一月七日、同年二月一五日、同年三月一五日、同年六月二一日、同年一一月一六日同病院に通院、昭和五〇年七月七日、同年一〇月一七日東京都新宿区の東京女子医科大学病院に通院し、各入院および通院により瘢痕の整形治療を受け、その間治療費七〇万六、七四〇円を支払つた事実が認められる。また、前認定のとおり、四二日間入院したのであるから、入院中には日額四〇〇円の諸雑費が必要と考えられるから、右入院期間中一万六、八〇〇円を雑費に支出したものと判断される。さらに、前認定の入退院、通院のため昭和四九年九月以前に一五回、昭和四九年一〇月以降に二回原告住所地から三鷹市まで、昭和四九年一〇月以降に二回原告住所地から東京都新宿区まで往復した事実が認められ、昭和四九年九月以前鶯野・三鷹間の鉄道運賃が二、二三〇円、大曲・上野間の特急料金一、〇〇〇円、昭和四九年一〇月以後鶯野・三鷹間の鉄道運賃が二、八一〇円、鶯野・新宿間の鉄道運賃が二、七一〇円、大曲・上野間の特急粋金が一、二〇〇円である事実は顕著な事実であるから、通院交通費として少くとも原告が一一万六、〇一〇円を下らない額を支出した事実が認められる。しかし、右入院期間中医師において付添看護を要すると診断した事実については認めるに足る証拠は存在しないのであるから、原告の主張する杏林大学医学部付属病院における付添看護費は認められない。よつて、杏林大学医学部付属病院および東京女子医科大学病院における治療費等は合計金八三万九、五五〇円となる。
3 休業中の逸失利益
証人伝農昇の証言により成立を認めることのできる甲第四号証および同証人の証言によると、原告は本件事故直前まで伝農土地家屋調査士事務所に勤務し月額三万円、賞与年二回七万五、〇〇〇円宛合計年額四三万五、〇〇〇円の収入を得ていた事実が認められ、甲第三号証および証人平山峻の証言ならびに原告本人尋問の結果によると、原告は本件事故のあつた昭和四七年一一月五日から、三回目の手術の終了した昭和四九年一〇月二八日までは休業するも止むを得ない状態にあつたと認められるから、二年間の休業補償費として金八七万円が相当である。よつて、休業中における逸失利益は金八七万円となる。
4 後遺障害による逸失利益
原告は後遺障害七級に該当するので、五六パーセントの労働能力の喪失があり、逸失利益は五八五万八、六三二円に達すると主張するが、原告の後遺障害は外貌の醜状を理由とするもので、労働能力の喪失とは関係がなく、逸失利益は生じないものと判断される。
5 慰藉料
前認定の本件事故の態様および前認定のとおり、原告は本件事故により入院一五一日を要する頭部外傷複雑性挫創、口内貫通性挫創、両手背部挫創の傷害を受け、その後瘢痕の整形のため入院四二日実通院一六日を要した事実に照し負傷およびその治療行為に関する慰藉料として七六万円が相当であるものと判断される。後遺障害による慰藉料については、証人平山峻の証言により、当初は外貌に著しい醜状を残すものとして後遺障害七級相当であつたが、三度にわたる手術の結果瘢痕はかなり目立たなくなつている事実が認められるのであるから現状では、後遺障害七級と女子の外貌に醜状を残すものとしての後遺障害一二級相当との中間領域と判断するまでに整形されている事実が認められる。従つて、これらの諸事情から判断すると後遺障害による慰藉料として金二六一万円が相当である。よつて、本件事故に対する慰藉料は合計金三三七万円となる。
6 以上のとおり、本件事故によつて原告は合計五四四万七、〇九〇円の損害を蒙つたことになり、これから自賠責保険から支払のあつたことについては当事者間に争いのない金四七〇万二、三九九円を控除した金七四万四、六九一円と後に認定する婚姻予約不履行による慰藉料金一〇〇万円との合計金一七四万四、六九一円が、原告の本訴請求に対する認容額となるから、弁護士費用はその一割に相当する金一七万四、四六九円が相当である。
三 過失相殺の主張に対する判断
証人藤原助一、同藤原リツの各証言、原告本人尋問の結果によると、昭和四七年一一月四日原告は藤原リツの経営するドライブインの手伝をしていたが、その頃原告は毎土曜日には被告に自動車で勤務先まで迎えてもらい帰宅することが通例となつていたので、当日も原告は被告に対しドライブインまで迎えてくれるよう電話で頼んだところ、右依頼に応じた被告は、藤原リツの経営するドライブインに自動車でやつて来たが、原告の手伝が終るまで少し時間があつたこと、および藤原リツの夫である藤原助一が被告の友人であつたことから、被告は藤原助一に薦められて飲酒し、その間藤原助一と共通の友人である田口好孝のもとに遊びに行く相談ができ、被告は自己の運転する自動車に原告を乗車させて田口方に行き、そこにおいて遅れて到着した藤原助一および田口好孝と飲酒、雑談した後、翌一一月五日午前〇時過ぎ項になつて、やつと原告を送るべく、自己運転の自動車に原告を乗車せしめ、田口方を出発し、本件事故現場に至つた事実を認めることができ、右認定に反する被告本人尋問は措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
そうだとすると、原告が被告に飲酒を薦め、被告が自動車運転を拒否したのに拘らず強引に運転せしめたとする被告主張事実を認定することはできず、被告の過失相殺の抗弁はその前提を欠き理由がない。
四 婚姻予約不履行に基く損害賠償
証人藤沢助一、同佐藤定吉の各証言、原告本人尋問の結果によると、原告と被告とは、昭和四六年七月頃から親しく交際するようになり、昭和四六年一〇月頃結婚する旨の約束をかわし、同年暮頃からは肉体関係を持ち、昭和四七年八月頃には原告は妊娠したが、原被告相談の上中絶をするまでに至つていた。しかし、本件事故によつて原告の顔に瘢痕が残ることが判明して以来、被告は原告を避けるようになり、遂に昭和四八年四月中旬になつて、被告は原告に対し婚約破棄を申し入れた事実を認めることができ、これに反する被告本人尋問の結果は措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
そうだとすると、被告は原告と婚約をかわし婚姻することを前提として肉体関係を結び、原告に妊娠中絶までさせながら、自己の過失行為に基づく交通事故により、原告の外貌に著しい醜状を残すと判明するや、一方的に婚約を破棄せんとしたもので、右被告の行為は原告に対する不法行為を構成するものと判断され、被告の右不法行為により蒙つた原告の精神的打撃を慰藉するには金一〇〇万円が相当であるものと認められる。
五 結論
よつて、原告の本訴請求は、右認定の損害額合計一九一万九、一六〇円とこれに対する訴状送達の翌日である昭和四九年一一月二一日から支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度で認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとして民訴法九二条本文、一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 長谷川邦夫)